2013.02.02更新

(1)従前の新型出生前診断(羊水検査等)では、流産の危険があるなどから余り行なわれていませんでしたが、今回アメリカで開発された新型出生前診断は、妊婦の血液を調べるだけで胎児にダウン症などの染色体異常があるかどうかが高い精度で分かるということであるため、導入を計画している日本の施設には問い合わせが殺到しているとのことことです。今回は、法律問題ではないですが、私の関心のある問題を含みものとして考えて見ました。
(2)私たちの多くは、子供の頃は障害者の方を見るとあえて差別はしなくても避けるようにしてしまっていましたが、大人になって障害者の方に対する認識を改め差別する意識は持たないのはもちろん避けたりせずできるなら助けてあげたい、社会制度として障害者を支援するようにして欲しい、障害者とその家族を応援したいという気持ちを抱いているでしょう。
 身近に障害者がいる人は、とりわけ障害者の方の純粋さ、優しさを感じて、障害者と接していると、心が洗われるようだとも言われています(環境に問題があって頑固・卑屈になってしまった方もいらっしゃいますが)。ボストン総合病院のスコトコー医師らが実施したアンケート調査によると、ダウン症の子供のいる家庭の99%がダウン症の子供を愛していると回答し、結果としてダウン症の子供を持ったことを幸せだと思っているということです(世界1月号152頁)。このようなことがより多くの人たちに知られ、もっと障害者の皆さんが生きて行きやすい社会になるとよいと思っています。
(2)ところが、出生前診断によって我が子として生まれてくる子供に障害があるということが分かったとき、我々がどのような判断をするのかというと、これは上記のことと密接に関連しつつ別の重大な問題となります。障害者を育てることと大変さ、その子供がどのような心情でどのような生き方をしてくれるか、障害自身や差別などに苦しむのではないかなどを考えたとき、そのまま産むという選択をできるでしょうか。女性やご主人などに十分な説明がなされればそう簡単に中絶を選択しないという意見もありますが、2012年12月26日産経ニュースによると、ある産科医は、「羊水検査で胎児にダウン症などの異常が見つかった場合、9割が中絶を選ぶ」ということであり、こちらの方が実態に近いと思われます。
(3)そうだとすると、出生前診断を簡単に広く認めてしまうと、障害が予測される胎児の出生を排除することとなり障害を有する者として生きる権利と命の尊厳を否定することなります。命の選別が社会に浸透してしまいます。とりわけ今回の新型出生前診断は、産科医でなくてもできるもので、放置すると広く行なわれしまい、不確かな診断に基づく安易な出生排除、生命の否定ともなります。障害者団体は、障害のある子を産むことを女性に回避させる圧力になる、障害者が障害があること自体を否定されているような不安を抱き深く傷つくと主張しておられ、そのような危険があるのは間違いないでしょう。
 そこで、女性やその家族にとって重大な問題である障害のある子供が産まれるかどうかを知る機会は確保してあげる必要があるでしょうが、広く認る場合の危険性を考慮して、日本産科婦人科学会が「出産時年齢35歳以上、超音波検査で胎児の染色体異常が示唆された場合等」に限定し、十分な遺伝カウンセリングが可能な施設で限定的実施に止めるべきとしたのは、理解できるものです。女性の年齢を35歳以上としたのは、少し厳しい感じがします。
(4)しかし、妊婦やその家族が子供に障害があるかどうかを知りたいと欲求は強いと思われ、出生前診断が簡単にできるとなると、指針のような条件が定められても、これを守らずに診断がなされ、命の選別が行われて行く危険がめて広く一般的に命の選別を行うことを多くなるのではないかとの思われます。
 そうすると、我々が行うべきことは、単に出生前診断を限定することだけではなく、障害者も含めた多様な人の存在を受け入れ差別のない社会を作り、子供を産み育てたい人に対して、障害の有無にかかわらず祝福され健常者と同じように育てることができる態勢を整え支援をして行くことではないでしょうか。とりわけ、学校教育などにおいて障害のある方の実態やその差別意識の払拭などを教育し、妊婦やその家族に障害のある方々についての十分な理解をして貰う必要があるでしょう。アメリカは、障害者にとって暮らし易くなって来たこともあって、ダウン症の子供に対してその家庭がダウン症の子を愛しているという割合が増えたのではないでしょうか。

投稿者: 弁護士法人西田広一法律事務所